第5回:罪悪感

blog_26_8.png 膝小僧

深夜、なんだかお腹がすきました。

二十三時を過ぎた頃から始まる、一種の症状です。

夕飯は食べ、栄養も足りています。

それでも胃だけが残業を始めます。

社会人の健康維持における落とし穴は、案外こんなところに潜んでいます。

今日は長期休暇のど真ん中。

何にでもなれそうな一日であり、何もしなくても許される一日でもある。

まずは共犯者を確保。

ソファで寝ていた弟を叩き起こしました。

外食すると、なぜか怒り狂う母には、

「コンビニ行く」と完璧な口実を伝え、

24時ちょうど、

魔法のドレス解けると同時に脂に包まれに向かいます。


最近免許を取った弟が運転をさせます。

本来なら危なっかしい運転にあれこれ口を出すところですが、今日は違います。

深夜、焼き肉へ向かう人の心は大海です。

多少のふらつきすらも愛おしい。

カルビを前にした私は、もはや仏を超えた仏です。


お店に到着。

悪いことなど何もしていないのに、なぜか罪悪感に包まれます。

だが、その罪悪感こそが今日の主役です。

「とりあえず生。」

呪文を唱え、一杯目を注入します。

体の隅々まで

「休暇ですよ」

という通知を届けました。

百薬の長とはまさにこのことです。


やがて肉が焼けます。

網の上で弾ける音と立ち上る煙。

「もう美味しい。」

私は味音痴なので、肉が溺れるほどタレを付けます。

素材の味だの旨味だのは、知りません。

私の辞書にあるのは、ナポレオンもびっくり「タレ多め」のみ。

肉を食べる。ビールを飲む。肉を食べる。

食事を超越した何か、

肉でトスしてビールでアタック、完璧なコンビネーション。


一時間後、満腹になって店を出た。

不摂生で少しだけ後悔してしまいます。

でも、

昼間の焼き肉では、この幸福感にはなりません。

深夜だからいい。

少しだけ後ろめたく、少しだけ背徳感。

結局、後ろめたさしかありません。

でも、その隣にいる罪悪感が、一番おいしいです。

母には、匂いと服のシミでバレそうですが、

ご愛敬ということで。