幸せは一生届かない説

なぜこれを書いたのか自分でもよくわからず消すに消せなかったものです

こんにちは。たいようです

さっそくですが、私の生きてきた中で苦手な瞬間は...
ユニバの帰り道です。
これは共感できた方も沢山いたではないでしょうか?
ユニバに限らず、前々から楽しみにしていたことが終わった後のあの空気はすごく苦手です。
※ちなみに今回の内容と全く関係ありません

今回は

幸せ一生届かない説

についてお話したいと思います。

例えば一生寝ていたい人がいるとして。
毎日寝ることのできる環境が整ったところで、当たり前になってしまうと幸せと感じなくなるものです。
病院で寝たきりになってそれが叶ったとして、次は「歩きたい」という風に幸せは変化していくのです。

そうなんです。幸せは届かないんです。
人によって幸せの価値は違えど「私、毎日幸せなんだよね」といった人間はいるのでしょうか?
日常生活、当たり前のことに感謝できている人がいれば存在するのかもしれませんね
私には無理です。

そこで私が考えたのは「幸せの価値下げれば人生の八割くらい幸せと勘違いするんじゃないか説」です(語呂最悪)
例えば、まずいと思った食べ物でも「上手い!」と言ってみたり
ガチャガチャで狙っていないモブキャラが出ても、かわいがってみたりするんです。
スクラム.jpg
↑私のデスクにいるモブキャラたち(左からトミー,カツブー,次郎)

これ、私みたいに馬鹿であれば本当に幸せと勘違いします!(たぶん)

意味の分からないことをたくさん書きましたが、些細なこと・現状を幸せと感じられるようになれば最強なので自分を洗脳すると思って試してみてください笑
今回は以上となりま~す。