気がついたら2018年ももう終わりそうです。

今年は実家から鳥取に戻って大学に行くと、
卒業論文をまだ1文字も書き始めていないのに研究室の教授が脳卒中で入院していた、というなかなかの絶望から始まりましたが、社会人になり何とか生活できているのでよかったです。


ところで、来年の事を言えば鬼が笑うということわざがありますが、なぜ笑うのが鬼なのかご存知でしょうか。
自分も知らなかったので調べてみました。

調べたところ、台湾の義守大学応用日本語学科の講師の方が調査されたジャーナル[1]に『南史』の十七巻「劉粹列傳」が由来であると書かれているのを見つけました。
そして、このジャーナル文中に漢文の書き下し文が書かれていたので分かる部分だけ現代語訳してみました。

書き下し文

損、同郡の宗人に劉伯龍なる者あり,
少くして貧薄,長ずるに及んで,尚書左丞,少府,武陵太守を歷位するも,貧寠尤も甚し。
常に家に在りて慨然し,左右を召して將に十一の方を營まんとするに,忽ち一鬼の傍らに在りて掌を撫して大笑するを見る。
伯龍歎じて曰く:「貧窮固と命有り,乃ち復た鬼の為に笑ふ所と為す也」と。遂に止む。


訳文

劉伯龍という人がいた。
劉伯龍は若くして貧しく、成長するにつれて尚書左丞,少府,武陵太守を歴任したが,非常に貧しかった。
家ではいつも憂い嘆いていた。そのため側近に命じて税金を上げよう(楽をしてお金を得よう)とすると、たちどころに幽霊がそばに出てきて手を打って大笑いした。
劉伯龍は嘆き言った。「私はもとより一生貧窮な運命であり、(税金を上げたところで)また鬼に笑われることになるだろう」と。結局劉伯龍は税金を上げるのを止めた。

中国語では"鬼"とは幽霊のことであり[2]、鬼(幽霊)は人の命(運命)を見通すことができるそうです。

この文が漢字のまま伝わった結果、鬼が笑うという日本人にはよくわからないことわざになったのではないかと思われるそうです。


自分は幽霊でもなく未来からやってきたわけでもないので未来のことは分かりませんが、
来年が今年よりも良い年になるような行動をとっていきたいと思います。

それではみなさんよいお年をお迎えください。